ヒロイン花村紅緒!ちんくしゃな女性の割にはなぜモテた?

ハイカラさんが通るのヒロイン、花村紅緒。物語のスタートでは17歳の女学生ですが、どうも彼女は父親1人で育てられたせいか、男勝りでお転婆、じゃじゃ馬、剣道得意でも女性らしいことは全部苦手で、家事(料理、裁縫、洗濯)はからきしダメ、成績も芳しくありません。

母親を早くに亡くし、甘やかされて育ったのか、やりたい放題の彼女は父親やばあやのいうことなど全然聞きません。

幼馴染の藤枝蘭丸からは、好きだということを打ち明けられ、驚く紅緒でした。紅緒は蘭丸と弟のようにしか見ていませんでした。

でも紅緒はいささか大胆な行動を起こす女性でもあった、と言えます。少尉との突然の縁談を破談にする為に蘭丸と駆け落ちしたり、その最中に出会った牛五郎と喧嘩して勝ったはいいものの、親分・子分の間になったりしました。

居酒屋に行って初めてのお酒を口にした時も、誰もが手が付けられないほどの酒乱に豹変するなど、紅緒には何処にも女らしさを感じません。でもこういった紅緒ですが、彼女は何故かもてたんですね。

容姿や顔立ちだって「ちんくしゃ」の印象を与えるくらいでしたから。ちんくしゃは醜いという意味がありますが、やはりここは少女漫画、紅緒は可愛い主人公でした。

さてちんくしゃ紅緒がどうして周囲の男性にモテたのか、この理由って一体何でしょうか?普通女の子は可愛くて性格がよいとモテると言われます。でも紅緒は見かけは美人ではありません。寧ろ親友の環こそが美人で、公家の生まれで上品、モテてもおかしくありません。

でも紅緒は男勝りの気立てから、芯の強い女性です。それに1つのことには真剣に取り組む姿勢が見られます。

例えば婚約者の少尉が一時戦死と伝えられた時には、母の形見の白い喪服に身を包み、決して少尉以外の男性とは結婚しないと固く心に決め、伊集院家を守ろうとします。父から言い渡された軍人の妻になるからには他の男性を決して愛さないという忠誠を誓ったのです。

少尉のいない伊集院家を守るために、紅緒は冗談社に就職し、編集長の青江冬星と出会い、編集記者として一生懸命働く職業婦人となります。

幼馴染の蘭丸は男勝りで頼りがいのある紅緒に対しては、本当に小さいときから彼女に思いを寄せていました。

少尉はお転婆でどうしようもない所が見られる紅緒を見る反面、最初から婚約者だと分かっていたので、やはり紅緒のことは出会った時から好意を寄せていました。少尉は環のようなお嬢様育ちの女性よりも、どちらかといえばお嬢様離れそのもので、元気で勝気な女性がタイプだったのかもしれません。ですから紅緒は丁度少尉好みのタイプだったんですね。

編集長の青江冬星は仕事にひたむきな紅緒に徐々に魅かれていき、婚約者が死んでいたことをよかったと心底思っていました。

少尉の部下鬼島も紅緒に一時は魅かれましたが、最後の方では紅緒の親友・環の愛を受け入れました。

こうすると紅緒は4人の男性からモテたわけです。男勝りで女らしくなくても、芯が強く、どんなことが起きても常に冷静でひたむきになるよい面があるので4人の男性たちはそんな紅緒の隠れた良い面を見出していたんでしょうね。

やはり見かけより中身で、紅緒はモテたのです。

代表作品・はいからさんが通る!大正時代を背景にした漫画である!

大和和紀先生の代表作といえば、殆どの方がご存知の「はいからさんが通る」ではないでしょうか。はいからさんが通るは「花の大正ロマン」がキーワードで、よく耳にしたものでした。この漫画のスタートは大正7年になっています。

そもそも大正時代は昭和の前の元号ですが、期間としては15年という短いものでした。1912年7月30日~1926年12月25日が大正時代でした。

では実際に大正7年はどんなことが起こっていたのでしょうか?1918年(大正7年)はまさしく大正デモクラシーの時代でした。世の中では米騒動が起こっていました。これははいからさんが通るの中でも触れられていますが、貧困に苦しむ市民が「米をよこせ~!!」と米問屋に押しかけて騒動を起こしたのが米騒動でした。

そして日本の政治界では原敬氏が初めて本格的に政党内閣を作りました。

こうしてはいからさんがスタートした大正7年の世の中を調べるだけでも素人の私ではかなり時間がかかりました。でもあの時代月に1回少女漫画雑誌を出していた大和先生はスピーディーに大正時代のことを事細かく調べて作品にしたことが改めてよく分かりました。

やはり漫画家は物知りじゃないと描けないってことですね。

1つの作品を雑誌に印刷して発表するのはどれだけ大変だったことでしょうか?ストーリーや登場人物を考えるだけでも大変なのに、現代より過去の時代をテーマに漫画にしていくのは、とても素人には務まりません。

プロだからこそ、やっていけるんですね。でも昭和時代は今の様にパソコンやスマートフォンなど、インターネットで調べることなんてありませんでしたから、あの頃色んな情報を調べようとなると、百科事典を使うことが多かったと思います。

はいからさんの時代背景は大正7年~大正12年までです。関東大震災も物語の中で触れられていますので、いかにこの作品が奥深かったかと思い知らされる次第です。

それに縁談なども、やはり日本の風習で「お見合い」が多くて殆ど両親の決めた相手と結婚することが当たり前の時代でもありました。ですが顔も性格も知らない者同士がいきなり結婚して夫婦になるのって、現代では何とも無謀に思います。

そのはいからさんも、お見合い~熱愛~進展しない2人~心が通じ合えたのにお互いに離れてしまう~戦死~戦死と思われたが生きていた~やはり波乱万丈~関東大震災~結末と大正時代をバックにストーリーが展開していきます。

特に物語最初の方では女学生の生活が描かれていますから、大正時代の女学生姿が現代の短大・大学の卒業式の衣装になっています。私もこの女学生姿には、当初から憧れていまして、実際に卒業式ではいからさんのように着物、袴を着た時はもう感激しました。髪型まですっかり漫画の真似をしていました。

その為に髪を伸ばしていたことも覚えています。大正時代の女学生の髪型は私は今でも大好きです。いかにも女性らしく見えて、そして大人っぽく見えます。

10代の頃、何となく読んでいたはいからさんではありましたが、こうして見ますと大正時代の詳細を調べて作品にしていく大変さは想像以上だったと思います。私はそんな大和先生を尊敬します。

時代もの漫画多し!大和和紀の作品の魅力に迫る!

大和和紀先生の漫画作品は、時代物が多い模様です。1966年(昭和41年)週刊少女フレンドよりデビューしました。

デビュー以降、大和先生は週刊少女フレンドにて沢山の漫画作品を出しました。1971年(昭和46年)の「モンシャリCo Co」ではテレビアニメ化されました。(実はこの作品は私はテレビで見たことがありません。)

大和先生の出す漫画作品には特徴があります。それは現代よりさかのぼった過去の時代を背景にした漫画が多い事です。

過去の時代を漫画にすることは大変です。歴史をまずよく調べてからでないと漫画は描くことが出来ません。それに多少は勉強をしておかないといけません。

漫画家はただ絵が上手だけでは通用しない世界です。物語を描く以上、それにまつわるエピソード、色んな情報を正確に調査しないと作品が出来上がりません。まさしく厳しいです。

1973年(昭和48年)~1974年(昭和49年)に発表された「ラブパック」は平安朝を背景にした漫画作品で、後にテレビにてドラマ化されました。しかしまだこの頃は大和先生の作品は読んだことがなく、作品の詳細は分かりません。

1975年(昭和50年)に出した「レディーミツコ」では明治時代を背景にした作品であり、ヨーロッパの貴族男性と結婚した日本人女性の人生が描かれています。

明治時代と言えば、私の祖父母世代。時代物を描くことは、当時としても相当難しかったと言えます。多分大和先生は明治時代のことを色々調べながら作品を描かれたんだと思います。何とも凄い話です。

それに大和先生は日本国内のストーリー漫画が多くて、勿論登場人物も日本人の名前なので、分かりやすかったです。

写真で大和先生の顔を拝見したことがなく、一体どんな顔立ちなんだろうか?と想像もつきません。でも先生の絵のタッチでず~っと想像してきましたので、多分こういう顔をされているんだろうと長い事推測してきました。

1978年(昭和53年)以降になると大和先生は、今までのフレンドから「月刊mimi」に移行し、少女漫画作品を沢山出しました。

月刊mimiになってからも、先生は時代物の漫画作品を多く執筆され、多くの作品が宝塚や実写版映画になったりするほどの実績を残しました。

正直言いますと大和先生の作品には、余り詳しくない私ですが、昔から現在に至るまで時代物を背景にした作品が多く見られますので、これが先生の大きな特徴、そして魅力なんだと感じております。

それに大和先生の作品は後に塗り絵として販売されるようになり、「大人の塗り絵」として書店に沢山並んでいるのを見たことがあります。

私が感じた限りでは、先生の描かれたタッチは塗り絵としてはとっても塗りやすいです。これは私個人の感想ではありますが、本当に塗りやすくて色の構成がしやすいです。

2016年(平成28年)で、大和先生はデビュー50周年を迎えあちこちで催しものが開催されました。ひとえに50周年とはいえ、漫画を半世紀に渡って描いてこられたことはますます私は敬服いたします!

大和先生、以後はどんな作品を描いていくのか楽しみです。

1990年代のいがらしゆみこ作品!世界名作劇場が漫画になった!

「キャンディ・キャンディ」や「レディジョージィ」など、少女漫画で大ヒットを続けたいがらし先生ですが、1990年代はいがらしゆみこ美術館で何と!世界名作劇場を漫画本にして発売されました。

これらは一般の書店では手に入れることが出来ず、いがらしゆみこ美術館限定の販売だったのではないかと思われます。しかも世界名作劇場で漫画にしたのは、「アルプスの少女ハイジ」「赤毛のアン」「オズの魔法使い」の3作品です。

「赤毛のアン」ではアニメ版では放送されることのなかった先生になった後の大人になったアンが漫画になっています。「アンの青春」「アンの愛情」などまさしく大人の女性になったアンの人生が実によく描かれています。

「アルプスの少女ハイジ」と「赤毛のアン」シリーズを私はいがらしゆみこ美術館で購入しました。そして一気に読んでしまいました。アルプスの少女ハイジはいがらし先生が描くともうジョージィがショートヘアになった女の子バージョンって感じです。

テレビアニメのハイジとは、イメージが全然違っており、まさしくいがらし先生の描かれたハイジは少女漫画そのものです。ですが名作劇場が少女漫画系になっても違和感がなく、寧ろ新鮮な気持ちで読めました。

やはり私はいがらし先生のファンですから。

でもいがらし先生の絵がらが1990年代から何となく変わってきました。1コマ1コマが大きくなり、すごく見やすくなったことと、読みやすくなったことです。

しかし「赤毛のアン」を読んだときには、「あ!キャンディか?」と思ったくらいでした。あの人気作のキャンディはもしかしたらアンがモデルだったのかな~と思ったこともありました。

何しろキャンディとアンの共通点は孤児院出身と、みなし子、そばかすがあることですから。でもキャンディはアンのように先生になったわけではなく、看護師としての道を歩いていたわけです。でもキャンディもアンも職を持った職業婦人って所も共通していると言えます。

いがらし先生が世界名作劇場を漫画にしたことによって、何だかますます先生の作品に面白みを感じるようになりました。

アニメとは違ったハイジの魅力とは?やっぱり誰でもすぐに友達になれるハイジはすごいです。頑固者のおじいさんと生活していくうちに、おじいさんも穏やかな性格になっていき、心奥から孫のハイジを愛するようになり、村の人達と和解し、教会へ足を運ぶようになりました。

フランクフルトでのハイジの生活ぶりは、本格的なお嬢様そのものでした。クララはまさしくキャンディに出てくるようなアニーを連想させ、執事のロッテンマイヤーさんも何だかアニメの怖い人とは違い、何処かギャクを見せつけるような感じのキャラクターに見えました。

クララがアルプスへ来てからは、ハイジと一緒に過ごすことが多くなり、それを見たペーターは面白くありません。クララがいるせいでハイジと牧場へ行けない!と怒っていました。ここがアニメとは違うところです。

漫画の中のペーターは、原作通りに設定されていて、ハイジと常に一緒にいるクララを嫌っては、ついにはクララの大事な車いすを壊してしまう行動になっています。でも車いすがなくなったお蔭でクララは歩けるようになり、ペーターは自分の犯した過ちを反省し、クララに謝っています。

赤毛のアンは最初のストーリーは殆どアニメと変わっていません。ですがいがらし先生の描いたアンはアニメとは違って実に可愛く、キャンディを連想させるそのものでした。

いがらし先生の懐かしい少女漫画には本当に何度も読みたい気分にさせられます。これからも先生には作品を描き続けてもらいたいです。

1 7 8 9 10